1朝一から閉店までφ ★2019/07/15(月) 17:59:57.72ID:aMVJxVEb9 豪腕でならした津田投手(共同)
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 伝説の男がたどった軌跡−。JR広島駅からプロ野球広島の本拠地マツダスタジアムに至る通称カープロードの道中に、「炎のストッパー」としてファンに愛され、脳腫瘍のために1993年に32歳の若さで亡くなった津田恒実(本名・恒美)投手の足跡を展示する「津田恒美記念館」ができた。在りし日の雄姿と彼を襲った悲劇。心を打たれたファンらが列を作っている。

 5月末のオープンから1カ月で来館者は約5000人。館長を務める長男、大毅さん(30)は「支えてくれた人に恩返しをしたい」と話す。

 津田投手はドラフト1位で広島に入団した82年に11勝を挙げて新人王に選ばれ、抑えとして89年は最優秀救援投手のタイトルに輝いた。闘志にあふれ、満身の力で投げ込む剛速球で魅了。巨人の原辰徳選手(現監督)がファウルした際、左手を骨折したほどの球威を誇った。しかし91年に病が発覚。闘病生活の末、93年7月20日に他界した。

 太く短い野球人生は多くの人の記憶に刻まれ、「トロフィーやグラブを見せていただけないですかと声を掛けてもらうことが多かった」と大毅さん。山口県周南市にある津田投手の実家近くの墓に参る人もいるという。

 対照的に幼くして父を失った大毅さんは病床を見舞ったことを覚えている程度。それでも悲運の名投手の忘れ形見として扱われ、大学まで続けた野球では投手だったこともあって父の姿を重ねられた。「良くも悪くも特別視。それがつらかった。ずっと避けてきた」

 しかし年月がたっても薄れないファンの思いに背中を押された。約3年前に記念館の計画が持ち上がると、一念発起。インターネットで資金を募るクラウドファンディングで、約1600人から目標額を大幅に上回る2600万円以上が集まり、開館にこぎつけた。

 ユニホームや座右の銘「弱気は最大の敵」と直筆されたボールなど100点余りを展示。多い日には300人以上が訪れ、涙ぐむ人も。大毅さんも今では「一番遠くにいるが、一番お世話になった」と素直に父を誇る。

 マウンドの雄姿からは、いまもあの気迫が伝わってくる。

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